こちらはクリムトの作品で、右が「ユーデット?」1901年で、左が「ユーデット?」1909年の作品。クリムトのユーデットは「サロメ」と混同されていたころがあります。
ユーディットとサロメのちがいは、動機が違うこと。
KAFKA サンドロ・ボッティチェリ ユディト
ルーカス・クラーナハ ユディット&サロメ
ヤン・マセイス ユディト(ユディット)
次の引用は、最初のリンク先の引用。「春(ラ・プリマベーラ)」、「ヴィーナスの誕生」を描いたサンドロ・ボッティチェリのユーディットからの記事からです。
「二人のユダヤ人女性、ユディトとサロメを同一に扱う場合が多いですが、ユディトは民衆のために、自ら赴いた果敢な女性です。」
sweetさん
ギュスターヴ・モロー サロメでは、ユーディットとはどんな女性だったのかと書いています。
「彼女は美しく魅力的な女性で多くの財産をもっていたが、唯一の神に対して強い信仰をもっていたため、人々から尊敬されていた。(略)ユディトは侍女と共に、首を携えてベトリアの町へ戻り、事の次第を報告した。やがて、司令官殺害は包囲軍の知るところになり、激しい動揺を引き起こす。ユダヤ人はこの機会を逃さず、出撃し、敗走するアッシリア軍を打ち破った。ユディトは105歳でなくなるまで、静かにベトリアの町で一人暮らした。」
※「ユディト記の内容には歴史的に正確でないものがみられる。」
引用:Wikipedia
それがクリムトの「ユーデット?」はともかく、「ユーデット?」がなんで、アデーレ・ブロッホ=バウアーなの!
救国のヒロインにアデーレは似合わない。
どちらかといえば身勝手でファムファタル的なサロメでしょ。アデーレがモデルで、サロメと混同されたんじゃないでしょうか。目も口もしまりなくハクチのような表情が官能的といえるのかしらと思います。
黄金様式のアデーレの「ユーデット」は豪華なチョーカーが施され、まるで首輪をつながれた不自由な女性にも見えます。もしかするとクリムトはそういうアデーレを描いたのでしょうか。
「ユーディトとホロフェルネス」の文字が刻まれ、図像学的にも「ユーディト」の「ユーディト?」は、デカダン的に描かれているアデーレの表情が、ビアズリーの「サロメ」に共通していたように思えます。
クリムトの「ユーディト?」は救国のためにホロフェルネエスの首を刎ねたというのに、まるでホロフェルネスに同情を与えるように、ファムファタル的に描いています。女性に対する畏怖を覚えるような表情に、ホクロで強調しているようです。
アデーレのユーディトとは違って、装飾品は手に。自らの手で刎ねたその手を印象づけているのかと思いました。
この作品は、ギュスターヴ・モローの「ユーディット」です。モロー美術館所蔵で年代は不詳。
サロメですが、オスカー・ワイルドの戯曲では、「サロメ」という実在の人物の名が聖書、史実と反して、母親の所望で、ゆがんだ愛情を抱いていた聖ヨハネの首を、ヘロデ王に舞の褒美として希望するという「娘」の名にあてられました。
聖書では名もないその娘、サロメ。絵画作品で、特に有名なのはモローのサロメです。
ギュスターブ・モロー 6枚のサロメ
ギュスターヴ・モロー曰く
「この女(サロメ)は、曖昧な、時として恐ろしい理想を追い求めて花を片手に人生を横切って行き、すべてを、天才や聖者までも足下に踏みだいていく、軽やかで不吉な小鳥のような永遠の女性を代表している。」
そのドラマティック性は、サロメは歪んだ愛のために、ユーディットは信仰と民衆のために、男の首を刎ねた。ユーディットの場合は自らの手で。
モローの作品は、どちらも同じ構図で、斬首したホロフェルネスの頭を召使に渡しているところ。ユーディットは、ホロフェルネスの頭を見ることができない様子。かしづく召使は両手で受け取っているところ。
ユーデットは、ルネッサンス期に多く描かれ、ルーベンスなども作品化しています。有名なのはルーカス・クラナッハ(父)、優美で品があるのはヤン・マセイスでしょうか。
どちらにしても、男性にとっては「宿命の女(ファム・ファタル)」なのかもしれません。